城の正門前には、二人分のタオルを持ったセバスチャンが待ち構えていた。
カウントテンは手早くそれを受け取ると、足早に自室へと向かった。
なぜかその人物を、客人用の部屋において置きたくは無かったのだ。
「・・・・。」
ゆっくりと自らの寝台へと寝かせると、そっとその場を離れる。
「・・・落ち着かれましたか」
セバスチャンが静かにドアを開いた。
「ああ・・・ところでセバス、この子をしばらく見ててくれないか」
「かしこまりました」
言い終わらないうちに、別室へと急ぐカウントテン。
そこには小間使いの用意してくれた替えの服が在った。
水滴の滴り落ちる燕尾服を脱いでそれに着替えると、再び自室へと引き返す。
「どうだ?」
長い銀髪をタオルにからませながら、寝台へと近づくと・・・。
「・・・・」
そこにはあの日失った恋人が眠っているようだった。
ただ・・・。
「・・・男?」
雨に濡れた服を脱がせていたセバスチャンが、軽く頷いた。
「そのようですな」
思わず言葉を失ったカウントテンの心の中を気遣うように、続ける。
「・・・しかし、この少年・・・・。わたくしも驚きました」
「・・・ああ・・・・似すぎている、あの娘に」
壁にもたれかかって、考えをまとまらせようと葉巻を咥える。
「一瞬本気で、あの娘が生き返ったのだと思ってしまった・・・この私がな・・・」
自嘲するように、髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「無理もございません、本当に瓜二つです」
ようやく服を替え終えたセバスチャンが、寝台の横の椅子から立ち上がった。
「お茶でもお入れしましょうか?マカイバリの特上葉がございますよ」
「ああ、そうしてくれ」
セバスチャンと入れ替わりに、椅子へと腰掛ける。
・・・・広い部屋に、再び静寂が降りた。
横たわり静かな息を立てているその”少年”を、カウントテンはじっと見つめた。
「別人、か・・・・。」
安堵したような、落胆したような、本当に複雑な色を瞳に浮かべて。
「なら何故、こんなにも・・・。」
これでその瞳が新緑の色ならばなにも言うことはないのに、そう思ってカウントテンは少年の顔に手を伸ばした。
さらり、と柔らかい感触が手に伝わる。その感覚さえも、あの娘にどこか似ていた。
その瞬間。
固く閉じられていた金の睫毛が・・・・ゆっくりと持ち上がった。
その瞳の色は・・・・・深い森を思わせる、新緑。
「・・・・!」
息を呑んで、思わずカウントテンは身を引く。
一度、二度、とまばたきをして、しっかりと目を開ける少年。
「・・・ここは・・・」
聞き取るのが難しいくらい小さな声だったが、カウントテンは同様する心を奮い立たせて、答えた。
「私の城だ」
その声に少年はカウントテンの方を向く。
「私はこの城の主人だ。ここには、お前を傷つける者はいない。安心していい」
ただでさえ威圧感のある低い声なのだ。少年を怖がらせないように、なるべくゆっくりと、やわらかく言葉を紡ぐ。
それが功を奏したのか、少年は安心したように息をついた。
だがすぐに何かを思い出したように、いきなり起き上がる。
そして開口一番。
「僕のアコーディオンは!」
「?」
「僕のアコーディオン・・・見ませんでしたか!?」
一瞬目をぱちくりとしたカウントテンだったが、すぐに椅子からたち上がると、
小さいが豪華な装飾のテーブルを少年の前に引きずってきた。
その上には、使い込まれ年季の入った真紅のアコーディオンが。
「これのことか?」
それを見た少年の顔が、ぱあっと輝いた。
その表情にカウントテンはどきりとする。かつての恋人の面影が、嫌でもだぶついて。
「ああ・・・これです!良かった・・・僕、これが無いと・・・」
少年はベッドから飛び降りるようにして、目の前の真紅のアコーディオンを抱きしめた。
「ずいぶんと大事にしているようだが」
その光景にカウントテンはいくぶん目を細め緩める。
「父さんの・・・形見なんです」
「・・・そうか・・・
先程の雨で随分と濡れていたが、大丈夫なのか?私はアコーディオンは専門外でな。一応拭いてはおいたが」
「そ、そうですね」
言われ、少年はアコーディオンのベルトを肩に掛ける。そして右手を鍵盤に起き、ゆっくりと深呼吸すると・・・。
美しく素晴らしい旋律が、そのアコーディオンから流れ始める。
女のような華奢な指が、鍵盤の上を華麗に滑っていく。
しばらく、その演奏は続いた。
やがて、一章節を演じ終わって、ゆっくりとアコーディオンは降ろされた。
「見事だ」
パンパンと手を鳴らしてカウントテンは賛辞を送る。
ぺこり、と頭を下げ、手を前に回して少年はそれに答えた。
「良かった、どこもおかしくなってません。本当に・・・ありがとうございます」
「それは何よりだ」
ようやく心の底からほっとしたようで、とさりとベッドに腰を降ろす少年。
それを見届けてから、ゆっくりと言葉を発する。
「・・・・そういえば、まだ名前を言っていなかったな。
私は・・・伯爵カウントテン。・・・お前の名は?」
深い、黄金に輝く瞳には、優しさが満ちていた。
「あっ・・・僕はセシルといいます。
助けていただいたのに・・・名前を言うのが遅れてごめんなさい・・・」
優しく見つめるその視線に、白い肌をすこしだけ桜色に染めながら。
二人の瞳に、お互いの姿が映る。
その瞬間・・・カウントテンは、自分の中の刻(とき)が動いたのを、はっきりと感じたのだった。
{つづく}