「それで、今日のご予定はどうなされますか?」
3杯目の紅茶を飲み終えたセバスチャンが、カップを片付けながら言った。
「ふむ・・・とは言ってもこの雨だ。城の雑務でもこなすとしようか。
セバスチャン、何か私がやる事はあるか?」
2本目の葉巻に火を点けるカウントテン。
セバスチャンは少し困ったような顔になり、手を止めた。
「伯爵様、お言葉は大変ありがたいのではございますが・・・。
まことに申し上げにくいのですが、伯爵様のお手をわずらわせるようなお仕事は今のところございません」
「そうか」
「普段お忙しくしていらっしゃるのです。今日くらいはお休みになられてはいかがかと」
再び、片付けを始めるセバスチャン。カウントテンのカップも丁寧に持ち上げ、トレーの上に乗せた。
「では、わたくしはこれで失礼致しますゆえ。何かありましたらなんなりと」
セバスチャンは深く頭を垂れ、行きと同じようにカップとポットの乗ったトレーを抱え、静かに部屋を出て行った。
バタン・・・。
「・・・・・。」
元々静かだった部屋が、さらに静かになった。
葉巻の灰が落ちる音が聞こえるほどに。
外に耳を澄ますと、刺さるような雨音がする。
「・・・・この分では、来客も無いだろうな・・・。」
やや自嘲ぎみにそう言って、立ち上がった、次の、瞬間。
「いいえ」
空中から声がして、カウントテンの斜め上に黒い影が現れる。
それはだんだんと人の姿になり、やがて。
まるでオペラ座の喜劇に出てくるようなビーバー帽を被った、道化師にも見える服装をした、黒い魔法使いが現れる。
「ごきげんよう、カウントテン」
ややおどけた仕草で一礼したその人物を、伯爵は冷ややかな目で見つめる。
「ジズか。何しに来た?」
「おおっと。つれないお言葉ですねえ」
わざと大げさに肩をすくめると、ふわりとカウントテンの目の前に降りて来る。
「貴方と世間話でもしようかと思いまして」
「私はそんなつもりは無いぞ」
あきらかに苦い顔をしているカウントテンを無視して、ジズは笑いながら外を見た。
「しかし凄い雨ですねえ・・・何か、思い出しませんか?」
「・・・!!」
その最後の言葉に、カウントテンは目を見開いた。
「貴方にとっても、私にとっても嫌なことですがね」
ジズは再び向き直り、両手を広げた。無論、顔には笑顔が張り付いているが。
「・・・あえて口に出さんとしていたのに、貴様・・・」
ぎり、と唇を噛んでジズを睨みつけるカウントテン。
「ちょうどこんな日でしたね・・・”あの方”が亡くなったのも」
「貴様!!!!」
バン!!!
テーブルを叩く、大きな音がした。
一瞬の静寂。
ジズは心底不思議そうな目で、カウントテンを見た。
「・・・何をそんなに怒ってらっしゃるので?私は事実を述べただけですが」
「・・・・・っ」
カウントテンはテーブルの上で握ったままの拳を開いて、落ち着きを取り戻すかのように、葉巻に火を点けた。
「・・・だから雨は嫌いなんだ」
フーーーー・・・・と長く紫煙を吐き出して、もう一度椅子に座り直す。
「おや、思い出したのですか?」
「思い出すもくそも、私はあの日のことを忘れたことは、無い」
葉巻を咥えたまま、髪をいまいましげにかき上げるカウントテン。
「それはそれは・・・今でもやはり、”あの方”のことを?」
両手を後ろに組んで、興味深げにカウントテンを覗き込むジズ。
「お前には関係なかろう」
「それは、まあ、そうですがね」
「言いたいことはそれだけか?」
カウントテンは目も合わせずに、葉巻を短くしていく。
「・・・客人にお茶も出さないんですか、貴方は」
悲しげな顔で、ジズはカウントテンを見つめる。
「おあいにくだが、たった今セバスと飲んだばかりでな」
カウントテンの顔が、ほんの少しだけ緩んだ。
「そうですか・・・それは残念。貴方の執事の入れるブレンドを目的に来たのですが」
ふううう、と大きくため息をつくジズ。
「ははっ、セバスの腕は一流だからな」
カウントテンはしてやったり、という顔で軽く笑った。
「・・・ま、珍しく貴方の素直な気持ちが聞けたので良しとしますか」
手を前に回して、ぺこりとお辞儀をすると、ジズは来た時と同じように唐突に、空中へ。
「ではブレンドはまた今度の機会に。ごきげんよう」
そして、声を残しながら、消えた。
「・・・・。」
やれやれ、といった顔でそれを見送るカウントテン。
軽く紫煙を吐いて、瞳を閉じる。
窓の外の雨は、まだ降り続いて、カウントテンを思い出の中へ引きずり込もうとしていた。
「・・・ここまで思い出してしまったのだ」
ギギ・・・と椅子を軋ませて深く腰掛ける。
「・・・少し、昔話に浸るとしようか・・・」
{つづく}