♪我らは目指そう
あの至上の楽園を
そこには苦しみも悲しみも飢えも乾きも無い
ただ喜びと幸せと豊穣と潤いの泉があるだけさ♪
乾いたカンテレの音が、さわやかな風とともに草原を駆け抜けていく。
その歌を聴くものはもはや誰もいないが、
二人は大地に、空に、その音色を響かせながら歩きつづける。
常若の国、ティル・ナ・ノグを目指して。
「ねーロビン。お腹すかない?」
ふいに、カンテレの音が途切れた。
それを演奏していた人物は、日差しから瞳をかばうようにしながら帽子を上げた。
「さっき食べたとこじゃないか、クック」
そう言って反論し、カンテレを持ち直すその手は、人のものではなかった。
「一刻も早くティル・ナ・ノグに行って、この呪いを解いてもらわなくちゃ」
その手から鳥の羽が一枚、するりと抜け落ちて風に流れていく。
クックと呼ばれた人物が、、それを両手で上手くキャッチする。
「急がなくともティル・ナ・ノグは逃げないわよ」
自分の身の丈ほどの羽を、器用にもてあそびながら。
クックもまた、人では無かった。
身体が鳥になってしまう呪いをかけられた人間と、ドジを踏んで故郷を追い出された妖精。
二人は、それぞれの思いの為に、この地上のどこかにあるという伝説の秘境、ティル・ナ・ノグを目指して旅をしていた。
「あっ、向こうにちょーどいい感じの木があるよ!!
あそこで休憩しよ!」
言いながらクックは、その木へ向かって飛んでいってしまった。
「やれやれ・・・おーい待ってよー!」
困ったような人の良さそうな笑顔を浮かべながら、ロビンも続く。
そこは柔らかく若葉が生い茂る樹木の下。
木漏れ日と、風でかすかに葉っぱが鳴る音が心地よかった。
「うん、たしかにここはいい場所だね」
「でしょー!?」
「せっかくだから・・・休憩しよっか」
「さんせー!!」
携帯用の食料はお世辞にも美味しいとは言えなかったが、すくなくとも体力は戻ってきた。
暖かい日差しのおかげか、ロビンはなんだか眠たくなってきた。
「・・・・」
まぶたが、下がっていく。
「・・・すー・・・」
その瞬間、頭が、大きく左に傾いだ。
ゴンッ!!!
「!!!?」
その豪快な音に、水を飲もうとしていたクックが驚いてロビンを振り返る。
「どーしたの!?」
急いでロビンの顔を覗きこむ。
「石が・・・木の根っこの下に・・・」
後頭部を押さえながら起き上がるロビン。
「きゃははは、バッカねえ〜!!」
「笑い事じゃないよ、いてて・・・」
「治してあげるわよ」
クックはロビンの頭の上に飛んで行き、背中の羽を揺らして燐粉を振りかけた。
光がロビンの頭に注がれ、出来たたんこぶがみるみる治って行く。
「ありがと、クック。・・・でもどーしてこんなところに石が・・・」
言いながら自分の下の石をまさぐる。
「石の・・古い看板、みたいだ」
よく見ると、文字らしきものが彫ってある。
「えーと、なになに・・・」
「{←この先、マグ・メルド(幸せの野)}なり・・・・・ええっ!!?」
自分で読んだ言葉に驚くロビン。
「なになに、なんなの!?」
クックがじれったそうに言う。
「マグ・メルドっていうのは、伝説の地名のことで、ティル・ナ・ノグの近くにあったって言われてる国のことなんだ。
だから・・・この看板通りに行けば・・・・」
「ティル・ナ・ノグに近づくってことね!!」
クックの言葉に大きくうなずいたロビン。
「そーと分かったらこーしちゃいられないわ!!行くわよ、ロビン!!」
空へ飛び立とうとするクック。だが、ロビンは動かない。
「どーしたのよ?」
「・・・」
ずっと捜し求めていた至上の楽園。
もう時を数えるのも分からないくらいそのために旅をしてきた。
何度も何度も、常若の国など本当に在るのかとくじけそうになった。
だがそのたびに、自分を支えてくれた小さな相棒がいた。
常若の国に、人間は住めない。
自分の呪いが解けるということは、すなわちその小さな相棒との別れを意味する。
自らの意思で旅を続けてきたが、いざその終焉が来ると思うと、
怖かった。
「・・・クック」
やっと重い口を開いたロビン。
頭を上げて、その深い緑の瞳に、小さな相棒を映す。
ーーー君と、離れたくないーーー
「・・・急がなくても、ティル・ナ・ノグは逃げないんだろ?」
一瞬、怪訝そうな顔をしたクックだったが、すぐにとびきりの笑顔でこう言った。
「そうね!!」
穏やかな風が、二人を包むように吹き抜けていった。
そして再び、カンテレの音が大地にこだまする。
♪我らは目指そう
あの至上の楽園を
そこには苦しみも悲しみも飢えも乾きも無い
ただ喜びと幸せと豊穣と潤いの泉があるだけさ
だが其処に愛するものが居ないなら
ただ幸せだけが在るのなら
我らの至上の楽園は其処ではない
我らは目指そう
我らの常若の国を
我らのティル・ナ・ノグを♪
{おわり}