そもそもクトゥルフ神話とは?



クトゥルフ神話とは、世界で最も新しい、今も変化し続ける神話である。
いわば現代の創作神話で、ラヴクラフト(ハワード・フィリップス・ラヴクラフト 1890〜1937年)
によって書かれた、「西欧人のための」恐怖小説がその起源である。
日本(と、いうか非キリスト教圏)に入ってきたのは最近のこと(30年ほど前)であるし、
他の神話とは一線を違える内容のため、あまり表に出てきていない、というかはっきり言ってマイナーな神話な為、
その名を聞いたことのある方はあまり多くないだろう。

創設者であるラヴクラフトは、それまでにさんざんあった悪魔や反キリスト教的怪物
(十字架を怖がる吸血鬼ドラキュラ、神の領域を侵して作り出されたフランケンシュタインの人造怪物など)
の使い古されたホラーとは違う、まったく異質な恐怖を目指してクトゥルフ神話を書いた。

だが、ラヴクラフト自身がキリスト教文化、というより西欧人の世界観に染まっていた為に、
どうしてもキリスト教における「悪魔」や「邪神」、あるいは「恐怖」に捕らわれてしまった観がある。

つまり、(特に初期の作品においては)クトゥルフ神話における邪神たちについては、
その背景にキリスト教の影があることを理解していないと、ラヴクラフト以下作者たちが目指した
本当に意味での「恐怖」の姿が見えて来ないと言えるだろう。

クトゥルフ神話はラヴクラフトによるオリジナルの神話(文学的神話)だが、他の文学的神話と大きく違うところがある。
それは、クトゥルフ神話はラヴクラフトをはじめ、数多くの小説家が寄ってたかって作り上げたものだというところだ。
そのため作品によって若干神々の性格や行動の差異が見られる。

たとえばある神は、ある作品では寛容で人間に好意的なのに、他の作品では冷酷だったり気まぐれだったりする。
こういった混乱や矛盾は、通常のフィクション作品では許されることではない。
だが、自然発生的神話ではごく当たり前のことなのだ。

ラヴクラフトは、始めから神話を作ろうとしたわけではなく、
自作のホラー小説にすでに手垢がついて記号化してしまった過去の魔術や魔物、
悪魔といったものを使わず、今だ誰も聞いたことのないオリジナルの魔術書や怪物を出し、
自作品の中で、それらを使いまわした。
それは彼と彼の熱心なファンだけが気が付く、ある種のお遊びだったわけだが(今風に言うなら内輪ネタみたいな)
だがそれは、全てを書かないことによって神秘性と想像力をかき立てるホラー小説の手法とあいまって、
それらの小道具や邪神をいっそう魅力的にした。小説の表には出てこない、
裏の歴史や世界の広がりを感じさせたのである。(このやり方、漫画に転用できるな・・・)

これに魅了されたラヴクラフトの友人の作家たちが、このお遊びに参加した。
つまり、彼らの作品にもラヴクラフトが作り出した魔道書や魔法のアイテム、邪神などが登場し出したのだ。
(内輪ネタを地で行ったってことか、ある意味すげえうらやましいぜラヴクラフト!)

何人もの違った作家の作品に書かれているその「事実」はほんの断片にすぎないが、
いろいろな作品を読んでいるうちに浮かび上がってくる、
人知を超えた恐怖の宇宙史―――それが「クトゥルフ神話」である。

このような径緯で出来上がったために、クトゥルフ神話には他の文学にあるような意識的な指向性がない。
あるのは、宇宙の根源的恐怖という統一テーマだけである。

しかし、ラヴクラフトが作りだしたままのクトゥルフ神話だったら、彼がいなくなってしまった後、
自然に拡散していってしまっただろう。
そうならなかったのはラヴクラフトの熱心な信奉者、オーガスト・ダーレスのおかげである。
彼はラヴクラフトの作品や彼の残したアイディアメモなどから、クトゥルフ神話を合理的に体系づけた。
そして出版社をつくり、ラヴクラフトや他のクトゥルフ神話作品を出版した。

このダーレスのクトゥルフ神話の体系づけには賛否両論ある。
たとえば、ギリシア四元素論を邪神たちの分類に使ったり、善悪の対立構造を作ったりするのは
神話の持っている「理解できない恐怖」を弱めるものであるという批判がある。
そもそもこれらの概念はラヴクラフトの作品には無く、ダーレスのオリジナルである。

だが同時に、この体系立てられた分かりやすさのおかげで、ラヴクラフトマニアではない一般の人も
気軽にクトゥルフ神話を読んだり、あるいはクトゥルフ神話作品を作ることができたことも事実である。
また、ダーレスの熱心なクトゥルフ神話作品の出版がファンを増やしたことも重要である。

かくして、クトゥルフ神話作品群はホラーファンの間で有名になり、新たな作家たちが次々と参加した。
中にはスティーブン・キングなど、「非クトゥルフ神話作品」で有名になった作家が、
クトゥルフ神話へのオマージュとして参加する例も増えている。
日本でのクトゥルフ神話作品の著者は、おおむねこのパターンである。

クトゥルフ神話体系はいまだに完結しておらず、書き継がれているいわば本当の意味での
「生きている神話」なのだ。


※参考文献・・・新紀元社{西洋神名辞典}{悪魔辞典}

クトゥルフ神話の小部屋に戻る